斜光 雪原のキツネ 


私はこれまでに研究所を三つ作った。初めは26歳の時で東京の狛江、二つ目は34歳の時で千葉の成田、そして最後が48歳の時で神戸市の西神だ。成田ではリサーチャーを含め450人ほどが働く結構の規模だったし、米国の副大統領が立川基地からガンシップ(特別装甲のヘリコプター)で飛来し訪問するような場所にもなった。神戸はグローバル企業の本社を兼ねる白壁の美しい施設で、神戸ワイナリーに面する最高の地にあった。狛江も成田も西神もすべてクリーンルームを備えたが、成田と西神の施設はクラス100の高清浄度の本格的な物だった。私は技術とか科学は大好きだったが、自分自身は文科系で大学は一年の超飛級で自己卒業したが、そもそもはジャーナリストが夢の法学部新聞学科であった。研究所を作る動機は、経営者として事業の成功に不可欠との信念によるものでした。

私は研究所の玄関ホールには、何かその施設をシンボライズするものが必要と、いつも頭を悩ませていたものです。成田ではフランスから取り寄せた「エッシャーの上昇と下降」を飾り、神戸ではグローバル企業の本社に相応しい自然写真家による「日本の四季」の8枚の写真パネルとしました。
写真そのものよりも、自然に魅せられ「同化したい」という強い思いに駆りたてられたとしか表現しえない写真家との出会いがあり、彼らの想いも一緒に飾りたいと思ったからです。

大体彼らの行動は変です。
夜中に動き出して夜中に帰ってくる。昼は次の撮影場所(辺鄙なところか危険な場所)を探したり移動したり休んだりという時間の様です。従って勝負は朝と夕方。
その最大の理由は「斜光」でした。光があって影がある、二次元が三次元、平面が立体になるその瞬間が大事ということです。うん、それは分かる。しかし歩留まりは悪いだろうな。
曇りもあれば雨もあるし、望む斜光がえられない方が多いだろうし。
長いおつきあいの中でそんな会話も何度も重ねたが、私の結論は「ああ、この人たちはその瞬間、自然と同化したいのだ」とおもった。

確かに朝と夕方の斜光は、すばらしい風景を作り出す。
インドのタージマハールの日没寸前の風景や、友人の家のテラスからみたロスアルトスヒルの尾根を照らす朝日のシーンが脳裏をかすめた。心に焼き付けられた光景だ。あれこそが神が宿っているかの美しさだった。。同化したいのもわかる 。
写真スタジオにいくと、良く分かる。如何に光と影を作るかに腐心している事か。
人物なり物なり、それ自体に潜むメッセージを引出すのが写真家、即ち光のエンジニア、の仕事なのだ。

神戸の写真はかくしてえらばれた、。ただ、雪原を移す一枚だけは私が始めに選んだものとは違った。選び終わったあとで写真家が言った一言が、決めてとなり差し替えた。
その写真の中に雪原の土手にキツネの姿が投影された影が写っていたのだ。
写真家もまったく気付かなかったが、あとでルーペを見て発見したそうだ。そう、氷点下20度の雪原をねぐらに走るキツネが私を動かしたのだ。

べトウィンの知恵


アカバの国境を越えヨルダンに入った。土埃をあげながら一路ペトラに向かう。緩やかな丘陵が続くがどこまで行っても土漠地帯だ。雇ったガイドは英国で大学を出た話好きな青年で、私たちの質問に淀みなく答える。小一時間も走った頃200頭程の羊の群れを追うベトウィンが丘陵の谷間に姿を表した。こんな所に人と動物がいるなんていささか驚いた。ガイドによると丘陵地隊の谷間には貧弱ながら草は生えているようである。また、ベトウィンは冬は暖かい低地そして夏は涼しい高地へと年間で500キロぐらを移動し続けるとのことだ。又羊を追う仕事は大体が女性の仕事とのことだ。ところで200頭の中に10頭ほどの黒いのがいるが、あれは?との問いに、あれは山羊だよと教えてくれた。何故山羊を混ぜるのかとという質問に、羊は真っ直ぐ進む習性があり草叢があってもそれを見過ごすのに対して、山羊は絶対直進する事はなく草叢から草叢へと動き回るとの事で、羊の習性と真逆の山羊を混ぜることで、山羊に混乱させられた羊は草むらに誘導されることで、草を食べる量が増え、結果群れ全体が健康になるとの事だ。目から鱗が落ちる、ベトウィンの知恵だった。

以来私は5パーセント理論の信奉者になった。
全体を変えるという重い課題も山羊を見出し育てることで、全体を変える方がいいことを体現もした。私自身もより良い未来を作る山羊になろうとしている。

記憶に残らない


1990年テルアビブのサイテック社を訪問したとき、画像処理のデモを見た。

確かプレイボーイ紙のモデルだったと思うが、ほくろを取ったり皺を消したり、歯の白さを変えたり、自由自在に画像に手をくわえていた。説明によると、プレイボーイ誌やペントハウス誌に登場のヌード美人は、ほとんどがこのプロセスを経て磨きをかけられているとのことで、驚いた記憶がある。


あれから20年、この間のCG(コンピュータグラフィック)技術の進化は凄まじい。サイエンスムービーなどのフィクション物は、CGが多用されてど迫力で迫る。銃口を離れた弾丸が空気を引き裂き主人公の脇を通り過ぎるなんて映像も造作なく出来てしまう。存在しない不思議な生き物が人間が着るようなプロテクターに身を包み戦うなんてのもお茶の子さいさい。

最近では、ノンフィクションムービーにも、CGを部分的に使うことも増えたような気がする。


仮想現実は何も映像の世界だけではない。音楽の世界でも同様だ。有名なアーティストの編曲など、音のエンジニアリングを牽引する友人のスタジオでも驚かされた。へたくそな歌手の原音を音程からリズムまで修正するなんて朝飯前だ。直し直されたテープを聴いた歌手が、あまりにも上手くて「憮然」として付き返した何てこともあるようだ。驚いたのは演奏している場所まで自由に変えられることだ。有名な教会の中であるとかコンサートホールも音響効果がデーターベース化されており、原音を選んだ場所の音響効果などをインプットして創りかえられるとのことだった。今度私のカラオケもサントリーホールで歌ったように加工してもらおうかと邪念さえ抱いた。


こう見ると、わたし達の周りで見聞きする画像や音のほとんどはは、科学の進歩の結果、ごく当たり前な手法としてよりアトラクティブなものに加工されているようだ。 そう考えると現代の我々を取り巻く環境から、急速に「生」のものが遠ざかり「マンメイド」のものが氾濫しつつあるといっても過言ではあるまい。


久々にノンフィクションムービーの「最強の二人」を見た。ストーリーは首から下が事故で完全に麻痺し、フルケアを受ける大金持ちの60歳代の男性と、その男性が気まぐれにオファーした期限限定の自分の世話係、スラム育ちの職なし黒人との信頼と友情の実話だった。黒人青年の、汚い物は汚いという、いやなものはいやという、おかしいものは可笑しいという率直さは、主人の心に変化をもたらし、ケアサービスの受け手と与える側の関係がいつしか対等になっていく感動の実話だった。


私は映画は、「アクション物」が好きでづっと見続けていたが、最近気付いたことがある。前まではそんなことは無かったが、CG多用のSF物や、アクション物が急増してからは、どんなに面白いものでも、シーンでも簡単に忘れてしまうことだ。見ていて飽きないし実に面白い、でも記憶に残らないのだ。

どうも科学の進歩と人間の感性の間にギャップが出来てそれが広がりだしたのではないかと気になっている。バーチャルリアリティの世界は聴覚や視覚にアトラクティブでも心や感情を揺さぶるものが足りないのだ。


私の中で「生もの」回帰が始まったような気がする。映画も「ノンフィクション」の比率を増やすことにした。


こんな機会を与えてくれた友人に感謝したい。

 

 

 

縄の目


何人かの例外はあるが、私の家系は大体100歳と長命だ。私自身は、「肉体は壮年精神は青年」と自負している。友人は多く、レンジも5歳から95歳といたって広い。5歳の友人(孫)は、私を「ティッチャン」と呼ぶ。

ティーンのときの夢は、ジャーナリストか建築設計家になることだった。出だしで脱線したが、口八丁手八丁だったことや度胸のよさもあって、メーカー、商社、外国企業と渡り歩き、そのうち5社ほどは創業者の一人でもあった。

最後のころは1年の半分を外国という生活をしていた。経営トップというのも悪くは無かったが、世界中に友人が出来たのは何よりもの財産だった。

経営者としての実績を問われれば777敗とこたえている。

禍福は糾える縄の如しとの格言があるが、実に真理を捉えた言葉だ。まさに縄の目のごとき体験をした。

現在二毛作目の真っ只中にいる。少し新しいことをしようと活動域を広げたことで新発見もあった。韓国の財閥最大手の社外重役、シティグループのVCのシニアアドバイザー、国際経営者協会の会長、ミニットアジアパシフィックの会長などを歴任したが、貴重な学習もさせて頂いた。それからあまり人にはなしたことは無いが、秘書がいなくなったことではじめたPCなどのITツールの活用やインターネットへの参加は、実に刺激的で面白かった。だんだん慣れるにしたがってこんな面白い仕事を秘書にさせていたのかと思うほどであった。

絶対採用されないと思うが、秘書の公募に応募してみたいと思うほどである。

もっとも5歳の友人に、「ティッチャン」「あそぼ」と邪魔をされるのが落ちか。

 

追っかけ


ステージの高橋真梨子は輝いていた。どう見たって62歳にはみえない。
40年間もスポットライトを浴び続けるって消耗するとは思うが、きっとエネルギーももらうのかな?  150mの距離からでは良く見えないが、肌艶も声も実にのびのびとしている。
曲目が変わった.な・・ なんと、何の前触れもなく大ホールの 約25パーセントぐらいの人が起ち上が、一斉に手を打ち鳴らしウェービングしだしたではないか !!
確かに若者のコンサートなどで若者が同じようにしているのを見たことがあるが、目の当たりにすると圧倒されてしまう。更に驚いたことに立ち上がっている人たちは私と同じくらいのジジイとババアではないか!! こりゃ混乱したわ!! でも、みんなしやわせそうだ!!
この人たちって追っかけデスよって誰かが言った。ふーん。それにしてもわからん。
私の単純な頭では分からないので、いっそ真梨子ちゃんの「オッカケ」になって、新しい幸福をたいけんしてみるか!