心が創る未来

 

正月番組でダライ・ラマ法王と日本の科学者のパネルディスカッションを見た。色即是空 の一体不二を説く仏教と、米沢富美子慶応名誉教授の「絶対」の否定につながる8つの「あいまいさ」の話は、真理の実体をおぼろげながら示唆しているようで実に刺激的だった。絶対神をおかない仏教と推論し検証する科学は、内(測る事の出来ない心)と外(見たり測ることができる)からのアプローチの違いはあるものの、「真理」の探究者という点では共通だ。アインシュタインはかって「宗教抜きの科学は足が、科学抜きの宗教は目が不自由と同然」といったが、二つのアプローチが融合することで真理を探る暗がりに、少し光が当たりだした気がした。

全く唐突に、アシカの声が聞こえるモントレー海岸近くのホテルでのシーンが脳裏によみがえった。もう20年も前のことだったが、国籍やプロフェッションの違う20人ほどが集まって「液晶フラットパネルディスプレイ事業」への参入の是非を決める喧々諤々の議論をしていた。なぜ、真理の探究という高尚な話から、いきなりこんなところに話が飛んだか私もよくわからなかったが、科学者があまり踏み込んでいない「こころ」が結果に与える大きさに、一瞬おもいが至ったからだ。

実は会議の主催者はわたしで、そのときすでに参入を決意していたが、会議の行くえは思いもよらず、「参入すべきでない」という方向に傾いていた。

反対の理由は、当社は最後発の市場参入者で実績がないこと、当時のTFT液晶ディスプレイパネルの品質は悪く、PCなどへの搭載率はまだ低く市場サイズが小さいこと、仮に本格搭載が始まってもフラットパネルの最終需要先がコンシューマーで値下がりが強烈なコモディティ製品であることや、そのパネルを創るための製造設備には値引き圧力が猛烈で利益確保が困難であること、また半導体の様な微細化を可能とする技術開発で付加価値を付ける事が困難といった経験とそこから学んだ推論による論理的かつ科学的なディベートだった。

わたしは、品質問題を解決する新技術を検証する、業界1位と2位の顧客の支援を確保する、競合より強力な経営リソースを即刻手に入れる、競合の追随を許さないトップメーカーになること、そしてノートブックPCからデスクトップPC,そしてテレビと続く成長市場で盤石の事業基盤を築くこと、私が事業の牽引をする責任者になる事を力説し、反対者を説得し最後には参入を決めた。私のディベートは反論には十分留意もし敬意も払うが、最後は自分が創りたい未来は「俺に創らせろ」という半ば強引なものだった。

1993年秋にAKT(アプライドコマツテクノロジ―)を創立し1995年秋に、阪神淡路大震災の傷癒えぬ神戸に新社屋を建て本社を置いた。カリフォルニアに研究開発チームをおき、テキサスに製造拠点を置くグローバルカンパニーのスタートだ。幸いに新技術を取り入れたシステムは、それまでの品質問題を解決しただけでなく、生産性を飛躍的に改善したことで業界のデファクトとなり、第1及び2位の顧客にとどまらず日本のほとんどの顧客と急速に台頭する韓国や台湾勢にも急速に採用されるにいたった。またコマツと合弁会社を設立したことで優秀な経営人材を短期日に向かいいれすることができ、その後の急速なアジア全域への事業拡大を可能とした、

創立して10年目でAKTは市場シェア0から95%、売り上げ規模0から1,000億円のグローバルリーダとなった。事業モデルもメーカーからファブライトメーカーに変身するなど進化を図った。 皮肉なことにかっての参入反対論者の指摘は、この20年の間で、日本の顧客に顕著に表れた。コモディティ化の著しい産業で、差別化の難しい中で激烈な競争を繰り返し、韓国勢や台湾勢の攻勢に押しまくられ、最後には疲労困憊して市場から大多数が退出してしまった。心が無い未来の設計図は無いに等しい。

反対論者の指摘するような未来は創らないという「意志(こころ)」がなくて、「運」も味方してくれなかったら、私も退出をしていただろう。


飛躍しすぎを反省し、般若心経で心を鍛えよう。

諸行無常・・諸法無我・・涅槃静寂・・