東京湾 多様な顔 (その1)

東京湾 多様な顔(その1)  2013・01・14

最近週末は東京湾の東側、房総竹岡で過ごす事が多い

目の前を大型船が行き交い、正面には冠雪した富士の勇姿がみえ、左手には大島、右手には横浜が遠望できる絶景の海辺で、飽きる事のない変化が24時間みられるのがいい。

しかし、こんな素晴らしい眺望の下でもいろんなものが見えてくる。

「江戸前」は死語になる

徳川家康が江戸城を構えて以来、東京湾(当時は内海といったらしい)は海鮮物を供給する「江戸前(江戸城の前の海産物)」の食糧庫としての役割も果たしてきた。

今も築地市場に並ぶ魚介類を見れば、その種類の多さに目を見張り、東京湾の豊かさと錯覚しかねない。実際は東京湾でとれる量も種類も激減していて、アナゴやカレイ、ヒラメ、クルマエビ、カニ、貝といった海底の魚介類は築地に並ぶほど取れないそうだ。

見た目は穏やかな海だが、海の中では大変な事が進行中だということだ。

竹岡にきて暫くして旋網(まき網と呼ぶ)漁業者の島野さんと知り合い、親しくお付き合いをしている中で、教えられることは多い。怖い話ではあるが、東京湾が食糧庫としての役割を急速に失っていて、既に江戸前という従来の意味は死語になりつつあるというではないか。 事実1960年がピークとされる東京湾内の漁獲量188000トンが2003年には10分の118000トンに激減し、今も減り続けていると聞くと怖くなる。かって東京湾には旋網漁業者が20ヶ統(軒)あったそうだが、今では神奈川県に1ヶ統と千葉の5ケ統の6ケ統に減ったとのことだ。島野さんは年間500?600トンほどの水揚げで、東京湾の最南端が主たる漁場だ。島野さんの言によると、魚を求めて移動する漁法の旋網漁業でさえダメージを受けているのに、地場で刺し網などに頼っている漁法はもっとダメージが大きく廃業している数ははるかに多いはずとのことだ。原因に対する行政と漁業者の言い分は割れている。行政は乱獲だといい、漁民は水質の悪影響を上げる。私の様な素人は、もうかなり前から生活排水や工場排水に対する管理が徹底してきて水質が改善し、海がきれいになって、河川に魚が戻ってきたと思いこんでいただけに減少が続いている事は驚きであった。

島野さんはケミカルで人為的に浄化された水は、透明には成るものの魚が住める水ではなく、海藻(アマモ)も育たず産卵場や稚魚が育つ場を奪っているという。

実際に市場価値がなく全く漁業の対象になっていない魚までもが姿を消している事を、行政側の乱獲説への反証としてあげている。